2021年7月15日

『文豪たちの断謝離』 豊岡昭彦、高見澤秀・編 vol.5798

【文豪たちのうまい断り方、謝り方】
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人間、人気がないうちはお願いする技術が大事ですが、有名になると今度は断ったり、謝ったりが重要になってくる。

それも、カドが立たないように、というのが難しい。

本日ご紹介する一冊は、文豪たちの「断謝離」(誤植ではありません)の技術を紹介した一冊。

締め切りを延ばして欲しい時、ギャラを上げて欲しい時、金の無心を断る時、謝る時、文豪たちがどんな手紙を書いたのか。

実際の手紙から、特に面白いものを紹介したのが、本書『文豪たちの断謝離』です。

デタラメな文豪たちの、うまい言い回し、鮮やかな断り文句に、思わず膝を打つ、興味深い一冊です。

「誌の神が承知しない」といって締め切りを延ばした夏目漱石、「日本の文壇のことなんか考えてない」といって釈明する坂口安吾、他人の女を盗って認めてくれとお願いする中島敦…。

常軌を逸した言葉の数々に、あっけにとられてしまいました。なかでも夏目漱石の言い訳は天下一品です。

ここまでやられると、言われた側も怒る気がなくなる…。そんなうまい言い回しが使われていて、流石は言葉のプロとむしろ感銘を受けました。

それにしても、文豪は本当にデタラメな人ばかり。今なら絶対許されない所業の数々に、思わず笑ってしまう内容です。

さっそく、本文のなかから、気になったところを赤ペンチェックしてみましょう。

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一四日にしめ切ると仰せあるが、一四日には六(ママ)ずかしいですよ。一七日が日曜だから一七、八日にはなりましょう。そう急いでも詩の神が承知しませんからね。(夏目漱石 高浜虚子あて)

お手紙拝見。折角だけれども今借して上げる金はない。家賃なんか構やしないから放って置き給え。僕の親類に不幸があって、それの葬式その他の費用を少し弁じてやった。今はうちには何にもない。僕の紙入にあれば上げるがそれもからだ。君の原稿を本屋が延ばす如く、君も家賃を延ばし玉え。愚図々々いったら、取れる時上げるより外に致し方がありませんと取り合わずに置き給え。君が悪いのじゃないから構わんじゃないか。草々。(夏目漱石 飯田政良あて)

私はいつでも一月ばかりたった後でないと、自分の書いたものがどの位まで行っているのだかわかりません。そうすると、今まいっていると云うのが矛盾のようですけれど、まだ失敗したのだかどうだかわからない。わからないと思いながら、それでもどうも失敗したらしいのでまいってしまうのです。実際、校正しながらも後から後から気になるところが出て来るので、何度赤インキの筆を抛り出してねころんでしまったかわかりません。久米がそばから大に鼓舞してくれるのですが、気になるのは人の評価でなくて自分の評価ですから困ります。(芥川龍之介 夏目漱石あて)

貴方の前で、たかを「可哀想だ不幸だ」と申すは、何だかあてつけの様な気がして嫌ではございますが(別に何も必ずしも貴方のために、あの女が不幸になったと申すのではございませんが)やっぱりたかは、今迄半生の間不幸だったと私は思うのでございます。で、その不幸な一人の女を憐れと思ってやって下さいと、今私は貴方にお願いして居るのでございます。そして此のかあいそうな女の一生に、ただ一度の無理な願いを聞いてやって戴き度いのでございます。勿論、これはたかばかりのお願いでない、同時に私の生命がけのお願いでもあるのです。どうか、たかを(いや私達二人を)あわれだと思って下さいまし。そして、たかが私の所へ来ることをお許し下さいまし。(中島敦 和田義次あて)

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人間が嘘をつくのは、人間関係を円滑にするためらしいですが、そういう意味で本書は、人間関係を円滑にするための秘伝の書かもしれません。

場面や人をわきまえて使ってほしいですが、面白い内容だと思います。

ぜひ読んでみてください。

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『文豪たちの断謝離』
豊岡昭彦、高見澤秀・編 秀和システム

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◆目次◆

第一章 断「ふざけるな!」
第二章 謝「死ぬる思ひでございます」
第三章 謝「すいません、察してください」
第四章 離「さよなら」
第五章 断「やってられません」
第六章 謝「ご無沙汰して失敬」
第七章 謝「ぐうの音も出ない……」
第八章 離「追悼──師へ、友へ、妻へ」

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