2015年8月24日

『恕 ひとに求めない生き方』円純庵・著 vol.4052

【自分を戒める言葉】
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4413039637

『一〇三歳になってわかったこと』を読んで、一番刺さったのは、「自由という熟語は、自らに由ると書きます」という言葉でした。

※参考:『一〇三歳になってわかったこと』
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併せて「自らの足で立っている人は、過度な依存はしない」という言葉もあり、なるほどなあと感銘を受けました。

人間はわかっていても人に期待してしまうし、依存してしまう。

そんな生き方を戒めないと、今日のようにみんなが余裕のない時代には、生きにくくなってしまうでしょう。

そこでおすすめしたいのが、心学者の円純庵さんが書いた、『恕 ひとに求めない生き方』です。

円純庵さんは、老子や孔子、仏陀、朱子、王陽明、石田梅岩などの思想を研究し、これまで15年にわたって自分なりの「心学」をネットで綴り続けてきた人物で、そのアクセス数は多い日で1日10万もあるそうです。

本書では、われわれがついついやってしまいがちな「恨み」や「怒り」「うわさ」「誹謗中傷」「自慢」などの行動を戒め、どう心を入れ替えれば心おだやかに生きられるのか、そのヒントを説いています。

成功するためには成功者の心を持つことが大切ですが、仮に一時的に成功したとしても、手入れしなければ荒れてきます。

本書には、そんな荒れた心、荒れかけた心をメンテナンスする言葉がぎっしり詰まっています。

さっそくいくつかチェックしてみましょう。

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人生を豊かにするには、まずは他人を思いやる心と時間を創ることに専念することです

徳性を高めなければ、「されて嫌なこと」に恨みや憎しみを持つことになり、その相手は自分にとって「嫌いな存在」になっていきます

「当たり前のこと」。それは「人間として、自分として、為すべきことを成す」ということ。人を騙してはいけない、人を裏切ってはいけない、人を傷つけてはいけない、人を恨み妬んではいけない、人の悪口や誹謗中傷をしてはいけない。これらは人間として「してはならない言動」です

自分を苦しめているのは我欲、と知る

批判や誹謗はたいてい劣等感の表れ。徳ある人間は陰口や悪口は吐かない

嫌なことをされたら相手を恨むのではなく、慈悲の心を以って赦すことである。この慈悲が自分自身の心を軽くしてくれる。もし、相手が徳高き人間ならば、自分が嫌がる言動をしないはず。相手が嫌がることをする人間は徳低く、心が貧しいだけなのだ

もし、誰かのうわさを聞いた場合、自分のことを思い、他人に流さない徳を修めるべきである

下の人間を引き上げてこそ、上の人間。引き上げられない人間は、上の上たる位置にいない

自が大きいと書いて臭い。自分を大きく見せると、臭くなる

相手が間違っていると思っても、自分自身を省みることを忘れない

「見返り」を望んでしまうのは、相手のためではなく、自分のために動いているから

人の喜びを貶してはいけない。人が喜んで買った物や食べた物、自慢していることなどを平気で貶してはいけない。どのような思いでその喜びを得たのかを、考える優しさを持ちたい

人のせいにしてよいのは善事のみ。悪事は自分のせいである

「まだやりたい」と思ったら、やめる。「もうやめたい」と思った
ら、まだできる

されて嫌なことは決して返してはいけない。されて嬉しいことは、必ず返さなくてはいけない

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いずれの言葉も心に響くものばかりで、じつに心が穏やかになりました。

これからの時代は、無名でも良い言葉を綴る書き手が、どんどん出てくるのかもしれませんね。

著者の出自がわからないのが玉に瑕ですが、良い言葉が詰まっています。

ぜひチェックしてみてください。

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『恕 ひとに求めない生き方』円純庵・著 青春出版社
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4413039637

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◆目次◆

序章 仁徳の書
第一章 徳 恕の心
第二章 仁 思いやりの心
第三章 天地自然の万法 動植物に学ぶ
第四章 言葉 自分の言動が自身の人格
第五章 心という自分 執着と劣等感

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