【歌で時代を作った男】
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本日の一冊は、「あの鐘を鳴らすのはあなた」「UFO」「どうにもとまらない」などのヒット曲の作詞を手掛け、また「スター誕生」では、森昌子、桜田淳子、山口百恵、中森明菜などの数多くのスターを世に出した作詞家、阿久悠さんによる一冊。
生前に記していた、日本経済新聞「私の履歴書」をまとめて文庫化したもので、氏の幼少期から学生時代、広告代理店に入社してからの軌跡、大ヒット作が生まれた背景まで、じつに細かくエピソードがつづられています。
ラジオに夢中だった少年時代、エリートから転落し映画にはまった
青春時代、睡眠時間を削り会社に泊まり込んでまで働いた広告代理
店時代、そしてヒットを連発し時代の寵児となるにいたるまで。
時代とともに生き、人々の心の襞をすくい取ることで歌謡曲の黄金
時代を築いた著者が、一体何を考えていたのか。じつに興味深い内
容に仕上がっています。
クリエイティブのヒントとしても価値が高く、なかでも全15条に及
ぶ「阿久悠作詞家憲法」は、クリエイター必読。
ピーク時には年間一千万枚を超える売上を記録したという稀代の作
詞家のノウハウがこの値段で買えるなら、読まない手はありません。
このようにノンフィクションおよびノウハウとしても楽しめる本書ですが、おそらくその究極の価値は、本書が阿久悠さんの実質的な
遺書である、という点にあります。
美空ひばりのために歴史的な詞を提供できず、「馬鹿だな、阿久悠、
逃げてばかりいて」と自分を責めるシーン、そして「死ぬ時にはご
褒美に、制御力の方に生きっぱなしの権利を与えてやりたい」とさ
さやかな願望を述べるカッコ良さに、心打たれました。
著者亡きあともずっと残って欲しい、そんな一冊です。
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▼ 本日の赤ペンチェック ▼
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病室に入ってからは、「阿久さん」と呼ばれることはなく、誰もが
「深田さん」と呼ぶ。それだけでぼくは、ぼくと社会を繋ぐ糸が断
ち切られた気持ちになり、ただの六十四歳の、手強い病気を抱えた
深田公之だと思い知らされるのである
世代というのは面白いものだと思う。わずか数年ずれただけで全く
別の世界を見ることになる
ぼくが思う自由とは、窮屈さを克服し、逆手に取る面白さを言う。
何でも勝手に書きなさいと与えられた自由では、ありふれた言葉の
使いまわしか、困ると常套語に逃げ込む安易さしか生まれない
時々自己顕示欲を出して、目立つことをやった。劣等生ではないぞ、
少々変人というだけのことなんだぞとわからせたくて、恋文の代筆
をしたり、「芸者小夏論」を書いて提出したりしていた
実はぼくにも他社からの誘いがなかったわけではない。しかし、ぼ
くは、給料が千円高い、二千円多いで動く気はなかった
省略するとするなら睡眠時間と通勤時間だと思い、睡眠時間を半分
に、通勤時間をゼロにした。つまり、夜を徹するかたちの作業を自
分の部屋にではなく、会社ですることにしたのである
◆阿久悠作詞家憲法 ※一部紹介(全15条)
2.日本人の情念、あるいは精神性は、「怨」と「自虐」だけなの
だろうか
3.そろそろ都市型の生活の中での、人間関係に目を向けてもいい
のではないか
5.個人と個人の実にささやかな出来事を描きながら、同時に社会
へのメッセージにすることは不可能か
7.電信の整備、交通機関の発達、自動車社会、住宅の洋風化、食
生活の変化、生活様式の近代化と、情緒はどういう関わりを持
つだろうか
15.歌は時代とのキャッチボール。時代の中の隠れた飢餓に命中す
ることが、ヒットではなかろうか
ぼくの三十数年の作詞家生活に於て、後悔することがあるとするな
ら、美空ひばりのために歴史的な詞を提供できなかったことである。
この同年の大歌手が五十二歳の若さで急逝した時、ぼくがぼくを責
めたのは、「馬鹿だな、阿久悠、逃げてばかりいて」という言葉であった
仕事を推進力とした「生きっぱなし」と、一人の人間としての恐ろ
しいほどの制御力のせいで、ここまで来られたと思う。「生きっぱ
なし」だけでは滅んでいた。しかし、死ぬ時にはご褒美に、制御力
の方に生きっぱなしの権利を与えてやりたいと、思っているのである
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『生きっぱなしの記』阿久 悠・著
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◆目次◆
序章 癌とテロリスト
戦争しか知らない
旅立ち
無名のころ
作詞のこころ
期待以上
終章 生きっぱなしの記
解説 鴨下信一
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