【英雄たちの一生】
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日本の歴史教科書は、年号と史実の羅列ばかりで、一向に面白くない。これはおそらくほとんどの方の共通認識でしょう。
面白くないから、受験が終われば忘れられる。また社会人になってから「そういう意味だったのか」と驚く。
欧米のエリートは、マクニールの『世界史』はじめ、優れた歴史教科書を読むようですが、日本にはまだまだ面白い教材が少ない。
※参考:『世界史』
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おそらくその原因は、歴史を記述する際、「中心」を設定していないからだと思われます。
マクニールの世界史に、こんな記述があります。
「世界の諸文化間の均衡は、人間が他にぬきんでて魅力的で強力な文明を作りあげるのに成功したとき、その文明の中心から発する力によって攪乱される傾向がある」
マクニールは、歴史を記述する際、他を撹乱する世界の「中心」を設定することによって、歴史をわかりやすく、また学びのある面白いものに変えているのです。
同様のことを行っているのが、『ローマ人の物語』で知られる塩野七生さんです。
※参考:『ローマ人の物語(1)ローマは一日にして成らず(上)』
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サブタイトルの「ローマは一日にして成らず」を見る度に、「この本も一冊じゃ終わんないんだよな」と思うのは僕だけではないはずですが、それはさておき、塩野さんの歴史が面白いのは、それが人物を「中心」に置いた歴史だからだと思います。
塩野さんの真骨頂は「英雄」を中心とした歴史記述であり、それが何とも面白い。
われわれは、歴史上の英雄たちの栄光と挫折、悲哀に共感しながら、ある種の「物語」を読まされているのです。
その塩野さんがギリシアを書く、と聞いてギリシアフリークの土井が放っておけるはずがありません。
ということで、2015年の最後を飾るのは、塩野七生さんによる、『ギリシア人の物語I 民主政のはじまり』です。
アテネ民主政が生まれるまでの過程と、最高にドラマチックな「マラトンの戦い」「サラミス海戦」「テルモピュレ─の戦い」「プラタイアの戦い」。
名将たちの練りに練った戦略、戦場での華麗な戦術、そして血沸き肉踊る戦争の描写が、読ませてくれる一冊です。
なかでも、ペルシア王クセルクセスをくじいた名将テミストクレスの栄光と晩年は、本書最大の読みどころと言っていいと思います。
本書の中から、含蓄に富む言葉を抜き出したので、ぜひチェックしてみてください。
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時代を画すほどの本格的な改革を成し遂げる人は、既成階級からしか出ないのではないか(中略)改革は、既得権階級のもつ欠陥に切りこまないことには達成できない
陸軍大国であるペルシアが、陸上の戦闘に賭けるのは当然だ。しかし、このペルシアの十分の一の兵力しかないギリシアまでが、なぜ陸上戦に賭けるのか。それは、都市国家ギリシアの防衛力の主体が、長期にわたって重装歩兵に置かれていたからである(中略)だが今や、敵はペルシアである。そのペルシアを、共同戦線を張れたとしても十分の一にしかならない兵力で迎え撃たねばならないのだ。この状況下で「賭ける」とすれば、敵の弱いところこそ突くべきではないか。このことを見通していたテミストクレスは、マラトンの勝利で終わった第一次とこの第二次に至る十年間を、アテネの海軍力の増強に専念したのである
「寝返ることを進める」(中略)真にテミストクレスが期待していたのは、自分が書いたこの布告文が、ペルシア王クセルクセスの眼にふれることであった。それを読んだペルシア王が、もはや疑惑の想いなしには、イオニアから参加している三百隻を見なくなることであったのだ
優れた武将として知られた人に、兵站を重要視しなかった人はいない
凡将は、先例に基づいての想定内で戦略なり戦術を立てる。反対に名将は、先例には縛られずにあらゆる事態を考慮し、つまり想定外まで考慮し、そのうえさらに自軍の兵士の有利と不利だけでなく、敵の有利と不利まで考えに入れて、戦略・戦術を立てるのだ
当時は三十五歳であったテミストクレスは、この事件(「マラトンの英雄」ミリティアデスが死刑になりかけたこと)で学んだのだと思う。民衆とは、期待が大きければ大きいほど、そのとおりにならなかった場合の失望も大きくなる生き物であることを。また、過大な期待を抱いた自分たち自身を反省するのではなく、味わった失望の大きさをより強く感じ、その失望をもたらした当の人を憎む性質があることも学んだにちがいない
たしかにパウサニアスには、他者を敬し自らを卑下するという意味の、謙譲の美徳は欠けていたかもしれない。だが、謙譲の美徳と天才とは、もともとからして両立できるものであろうか
人間とは忘恩の徒になりやすいということであり、そこに、恩は忘れても別の想いは忘れない、一部の人がつけこむのである
人間とは、偉大なことでもやれる一方で、どうしようもない愚かなこともやってしまう生き物なのである。このやっかいな生き物である人間を、理性に目覚めさせようとして生れたのが「哲学」だ。反対に、人間の賢さも愚かさもひっくるめて、そのすべてを書いていくのが「歴史」である。この二つが、ギリシア人の創造になったのも、偶然ではないのであった
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アテネ民主政ができるまでの過程は、歴史教科書と大して変わらない記述が続き、やや退屈なのですが、ペルシア戦役のパートに入ってから、一気に面白くなります。
歴史教科書で学んだマラトンの戦いやサラミス海戦がこうも面白く書けるのか、と読んでいて嬉しくなってしまいました。
読むことを「強く」おすすめします。
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『ギリシア人の物語I 民主制のはじまり』塩野七生・著 新潮社
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◆目次◆
読者への手紙
第一章 ギリシア人て、誰?
オリンピック
神々の世界
海外雄飛
第二章 それぞれの国づくり
スパルタ──リクルゴス「憲法」
アテネ──ソロンの改革
アテネ──ペイシストラトスの時代
クーデター
アテネ──クレイステネスの改革
陶片追放
「棄権」は?
そして「少数意見の尊重」は?
第三章 侵略者ペルシアに抗して
ペルシア帝国
第一次ペルシア戦役
マラトン
第一次と第二次の間の十年間
政敵排除
戦争前夜
テルモピュレー
強制疎開
サラミスへ
海戦サラミス
陸戦プラタイア
エーゲ海、ふたたびギリシア人の海に
第四章 ペルシア戦役以降
アテネ・ピレウス一体化
スパルタの若き将軍
デロス同盟
英雄たちのその後
年表
図版出典一覧
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