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『岩崎弥太郎と三菱四代』河合敦・著vol.2109


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【三菱を作った男たち】
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坂本龍馬と親交を深め、龍馬亡き後は、その遺志を継ぐかのように世界航路を開き、海運業を牛耳った三菱の創業者、岩崎弥太郎。

本日ご紹介する一冊は、この岩崎弥太郎と弟の弥之助、久弥、小弥太の三菱四代を取り上げたビジネス立志伝です。

なにぶん古い時代の話であり、史料を紐解きながら書かれた書であることから、ビジネスに役立つ詳細な話は出てきませんが、岩崎弥太郎という人物、そして彼が起こした「会社」を「企業」に変えた弥之助の手腕は、読み応えがあります。

気性が荒く、大風呂敷を広げる割に学業はてんでダメ、文字が下手で語学もできない弥太郎。

若くして投獄され、貧乏のどん底を経験し、かつ師匠まで殺された経験から、どうやって成長して行ったか。

小さな成功から己の才能に気づくことの大切さや、不遇な状況にあっても学問することの大切さ、どんな状況も活かす貪欲さ…。

読めば読むほど、弥太郎には成功するための資質が備わっていたと確信できます。

そして、土井が感銘を受けたのは、その跡を継いだ弟・弥之助による大胆な戦略の数々。

とかくビジネスでは創業者の派手なイメージばかりが注目されますが、起こしたビジネスを「事業」化するのも大切な仕事。

「鉱業は博打」といって積極的でなかった弥太郎と反対に、鉱業に本格進出したり、丸の内の開発を進めたりした弥之助の手腕には、学ぶところが多くあります。

あくまで読み物ですが、ビジネスマンなら、きっと本書からいいインスピレーションを得るはずです。

GWの読み物に、ぜひ読んでみてください。

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▼ 本日の赤ペンチェック ▼
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善人や悪人の別なく、天は大志を抱きつづける人物を引き上げる傾向が明瞭に見てとれる

「人間は一生のうち、必ず一度は千載一遇の好機に遭遇するものである。しかし凡人はこれを捕らえずして逸してしまう。古語にも『幾を知るは、夫れ神か』とある。機会は雲中に現れる蛟龍のごときもので、たちまち隠れてしまう。これを捕捉するには、透徹明敏の識見と、周密なる注意と、豪邁な胆力が必要である」(『東山先気傳記稿本)

弥太郎はまた、経費を無駄にしたり、会社を私物化するのを絶対に許さず、常に目を光らせていた

「思うに計数や打算は、天運を背負った者の前にはささたるものである」(岩崎彌太郎傳)

弥太郎は、海運業を唯一の主力として突っ走ってきた。その結果が、屈辱的な撤退だった。ゆえに弥之助は、蛸足のように諸事業を広げ、大木が大地にしっかり根を張るように、さまざまな業種から日本経済に深く食い込んだのである。たとえ一分野が根腐れしても、三菱という大木が絶対に倒壊しないよう、盤石の体制をしいたのだ

弥之助はかつて、甥の康弥にこう言った。「三菱の事業は一門のために経営するのではない。お前たちの中に国家のことを考えず、岩崎家のみを考える者があったなら、三菱は潰したほうがよい。このことを、しっかり腹に入れておくがよい」(岩崎彌之助傳)

彼(弥之助)は、この地(丸の内)に一大ビジネスセンターを建設しようともくろんだのである。当時としてはあまりに突飛な構想だった。だが、先進諸国にビジネス街があることは、アメリカに留学していた弥之助は熟知していた

弥之郎には、小弥太という立派な嫡男があった。だから、しばらく社長職に留まって時を待ち、息子に会社を譲る方法もあったのだ。
なにしろ岩崎久弥は、まだ当年二十九歳。なにもそんな若造に、あわてて後を継がせる必要など、どこにもなかったのである。にもかかわらず、あえて久弥に社長職を譲ったのはただ一つ、亡兄との約束からだった

家族を抱えていることを言い訳にして自分の臆病を隠そうとしているだけではないのか。そういう人に、自分の人生なのだよ、と私は言いたい。たった一度しかない人生を、臆病のために台無しにしてしまっていいのだろうか

「若し人不正を以て争わば、我は正義を以て闘うべきである。若し人権謀を以て我に対すれば、我は正直を以て対抗すべきである。人請託を以て地歩を得んとせば、我は勉強と親切とを以て対抗すべきである。正義を守り不正を斥けて堅実に事業の発展を図らねばならぬ」「我々は大いに競争す可きである。然し私は我々の競争をして量の競争たらしめず寧ろ質の競争たらしめたい」
(いずれも『岩崎小彌太傳』より)

現在、日本郵船は世界一の海運会社である。「俺は七つの海に航路を開き、世界中に三菱の旗をひるがえしてみせる」それが、三菱を創業した岩崎弥太郎の夢であった。惜しくも弥太郎は病によって夢の実現を見ることなく逝ったが、しかしその理想の種子は弟の弥之助の努力によって芽ぶき、その苗をうけとった息子の久弥が見事に生長させ、ついに次の小弥太のとき、美しい大輪の花を咲かせたのである

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『岩崎弥太郎と三菱四代』幻冬舎 河合敦・著
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◆目次◆

第一章 龍馬を支えた商売の天才、岩崎弥太郎
第二章 弥太郎の野望─政府との果てなき闘い
第三章 温厚沈着な経営者、岩崎弥之助
第四章 久弥と小弥太の拡大経営

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