2010年10月14日
『青の歴史』ミシェル・パストゥロー・著 vol.2276
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【青の歴史に学ぶマーケティングのヒント】
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4480857818
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本日の一冊は、紋章学や色彩の研究で知られるミシェル・パストゥロー教授が、青の歴史を追った名著。
かつて、古代ギリシア・ローマ時代に「野蛮な色」とされた青が、どうして現在、西欧でもアメリカでも「一番好きな色」とされているのか。
その歴史を辿ると、思わぬマーケティング上のヒントがありました。
「マーケティングとは関係性である」とは、マーケティングにおいてよく言われることですが、この「青」もまた、関係性によって発展していた色のようです。
奢侈法と服飾規制、そしてこれを受けた新興の富裕層が着用することで、地位が向上した黒、そしてその後、聖母マリアと結びつけられたことで、道徳的な色とみなされ、発展してきた青。
反対に、かつて染物の代名詞だった赤は、贅沢と罪の象徴とみなされ、宗教改革を機に、凋落していくことになります。
マーケティングにおいて認識が大事、という点については異論がないと思いますが、本書は、その認識が文化、社会的背景によってどう変わるかを書いた一冊。
かつての青のように、「すきま」にある素材や色は何か、考えることで新たなマーケティングのヒントが見えてくるかもしれません。
服飾・デザインに関わる方はもちろん、マーケターの教養としても、ぜひ読んでおきたい一冊です。
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▼ 本日の赤ペンチェック ▼
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色を「作り」、その定義と意味を色に与え、その規範と価値をうち立て、その実践を組織して係争点を決めるのは社会なのである
実際、青の歴史は歴史的問題と呼ぶにふさわしい問題を提起している。古代の人々にとって、この色はあまり重要ではなく、ローマ人にとっては不快で卑しい色でさえある。野蛮人の色なのだ。ところが今日、緑と赤にはるかに勝り、青はすべてのヨーロッパ人が最も好む色である
何千年もの間、布の染色とはとくに赤く染めることだったのである。それはローマ時代に、ラテン語の語彙の中で「染色した」(coloratus)と「赤い」(ruber)が同義語だった事実が裏づけている
十九世紀の何人かの考証学者が考えたようにローマ人たちに「青が見えない」わけではなかったとはいえ、彼らは青に対して良くて無関心を、下手をすると敵意を抱いていた。実は彼らにとって青はとくに蛮族、ケルト人とゲルマン人の色だったのである。カエサルとタキトゥスの言葉によると、こうした民族は敵を怖がらせるために体を青く染めるのが習慣であった
青は無価値かとるに足りないものとされ、空の色にもほとんど使われなかった。多くの著作家と芸術家にとって空は本当に青というよりは白、赤、金色とされるほうが頻繁であった
白は清純と無垢を、黒は禁欲、悔悛、苦悩を、赤はキリストが流し、キリストのために流された血、受難、殉教、犠牲、神の愛を喚起するとされた
聖ヨハネが見た天のエルサレムのように宝石で教会を建てることを夢見たスゲリウスにとって、サファイアは宝石の中で最も美しい石であり、青は絶えずサファイアと同一視されている
突然、わずか数十年ですべてが変わったのである。このことは色の芸術において絵画的、図像的に青が新しい地位を獲得したことと、紋章と服飾の中で青の流行が拡大したことが示している
西洋絵画でマリアが優先的に青に結びつけられ、この色がその不可欠なアトリービュートのひとつとなる
規定されても禁じられてもいない以上、青の使用は自由で中立的であり、危険がなかった。おそらくだからこそ数十年もの間に男性の服でも女性の服でも青は次第に圧倒的に使われるようになったのであろう
富を築いたがまだ社会階層の頂点には達していないある商人と都市貴族たちは、豪華すぎる赤(たとえば有名なヴェネツィアの緋色)や強烈すぎる青(たとえば有名なフィレンツェの「クジャクのような」青)の使用を禁じられた。そこで彼らはいわば消去法によって、当時まで質素と見なされあまり価値のなかった色である黒を身につけることを習慣とした。しかし彼らは裕福だったため、ラシャ製造業者や仕立屋に、より堅牢で鮮やかで魅力的な新しい色調の黒を提供するよう命じた。このただならぬ要求に発奮したラシャ製造業者たちは、染め物師にこの要求を満たすべく努力するよう仕向けた
どこでも青はあらゆる詩的特質を与えられ、愛とメランコリーと夢の色になった
われわれが思うこと、考えること、称賛すること、愛したり拒否したりすることはすべて、常に他人の視線と判断を通している。人はひとりで生きるのではなく、社会の中で生きているのである
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『青の歴史』ミシェル・パストゥロー・著 筑摩書房
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◆目次◆
まえがき 色と歴史家
第一章 控えめな色―起源から十二世紀まで
第二章 新しい色―十一‐十四世紀
第三章 道徳的な色―十五‐十七世紀
第四章 お気に入りの色―十八‐二十世紀
結論 今日の青―中立の色?
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