2012年9月4日

『マスタースイッチ』ティム・ウー・著 Vol.2968

【読みだしたら止まらない一冊】
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4864101868

ビジネス書・実用書につまらないところがあるとしたら、それはおそらく、ストーリー性やエピソードを欠くことが多い、ということではないでしょうか。

しかし、名著『人を動かす』が、エピソードに富んでいるように、また塩野七生さんの綴る英雄物語が経営者に愛されるように、エピソードやストーリーに富んだ本は、読者を作品の世界にぐっと引き込むものです。

本日ご紹介する『マスタースイッチ』は、米国メディア業界の興亡と、英雄たちのエピソードを通じ、ジョブズのような「正しい独裁者」を生むにはどうしたらいいかを模索した一冊。

ベル式電話の持つ可能性に着目し、やがてAT&Tのトップにのし上がるセオドア・ヴェイル、禁止令を破って業界に喧嘩を売り、やがてパラマウント・ピクチャーズの社長になるアドルフ・ズーカー、ハッシュ・ア・フォンという小さな発明品がきっかけで、巨大企業AT&Tを解体に追い込んだハリー・タトル、手段を選ばず、ライバルを自殺に追い込んでまでラジオ、テレビの覇権を握ったデイビッド・サーノフ…。

個性あふれるキャラクターたちの起業物語を読みながら、イノベーションの条件や、社会にとって正しい独占とは何かを考えさせてくれる、そんな読み物です。

また現実的には、起業における特許の大切さや、新興企業がどうやって巨大なゴリアテと戦うかを示した、戦略の本でもあります。

通信、ラジオ、映画、テレビ、インターネット…。

メディア発展の壮大な歴史が、イノベーションという視点で綴られており、政治家はじめ、日本のビジネスマンにテキストとして配りたい衝動に駆られる一冊です。

約400ページ、しかも二段組みという、通常ならげんなりする作りですが、あまりの面白さに、すっかり読みふけってしまいました。

坂村健さんの解説も興味深く、これから事を起こそうとする革命家たちには、ぜひ読んでいただきたい一冊です。

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▼ 本日の赤ペンチェック ▼
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一八七八年、当時の米国郵政省(現・郵便公社)に勤務するセオドア・ヴェイルという男がいた(中略)ある日、ベル初代社長のグリーン・ハバードから、ベル式電話の試作品を見せてもらった。「これに人生を賭けたい」一目見て、そう直感した。安定した仕事を捨て、ベンチャーの可能性に賭けようと思ったのだ

会社が危ないという妄想が、こういう暴走を招く。AT&Tの屋台骨が揺らぐようなら、たとえ意義のある研究テーマでも葬り去ったほうがましという発想だ。これが集権型イノベーション体制の弱点だ(中略)被害妄想のAT&Tが、長年にわたってお蔵入りにした技術は記録装置に限らない。光ファイバー、携帯電話、DSL、ファックス、スピーカーフォンなど枚挙にいとまがない。どの技術もあまりに大胆奇抜で、AT&T上層部を慌てさせるものだった

独占とは、人間にめったに備わっていない予知能力を前提としているのだ

サーノフはシュンペーターの言う創造的破壊に逆らいつつも、RCAの主軸をラジオからテレビに転換することで、「老人は新しいことを試したがらない」という格言をも否定してみせた

新しい産業の揺籃期には、初期の原始的な試作品こそが代表格

ターナーの人となりは、シュンペーターが言う「珍しいタイプ」に間違いない。セオドア・ヴェイルやアドルフ・ズーカーと同じタイプでありながら、私生活の露出ははるかに多く、激しい気分屋でもある。「人生一度きり。どうせなら、おもしろい人生にしたい」が口癖だ

ロスのやり方は独創的だった。興業収入の変化に振り回されないように、まったく無関係の事業による安定収入を組み合わせたのだ

美を徹底的に追求するものは、プロセスと消費者を厳格に管理することで成立する

人間が本当に欲しがっているものは、完全な自由ではなく、名君による独裁である──ジョブズはそう考えていた

アップルの創り出した誰でも使えるやさしい“家電”は大成功を収めはした。が、そういう製品は、個人に力を与えようとしたウォズニアックの革新的な発想を裏切った象徴でもある

今日の革命家も、明日の皇帝の座の魅力には負けてしまうことが少なくない

情報産業を構成するさまざまな機能の間に、健全な距離を保つことだ。主な機能同士を分離すれば、新興企業を古参の巨大企業から保護することにもなるし、政府と産業の間の距離も保てる

賞賛されない美徳はまず長続きしない

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『マスタースイッチ』ティム・ウー・著 飛鳥新社

http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4864101868
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◆目次◆

日本版へのまえがき ティム・ウー
イントロダクション
第一部 帝国の台頭
第一章 破壊的な創業者
第二章 ラジオの夢
第三章 ヴェイルの時代
第四章 「長編映画なんて時期尚早だ」
第五章 ラジオ事業における権力集中
第六章 パラマウントの理想

第二部 すべてを見通す眼の下で
第七章 非純正品をめぐる攻防
第八章 矯風団
第九章 FMラジオ
第一〇章 音と映像の融合へ

第三部 反逆、挑戦、そして滅亡
第一一章 正しい「独占解体」のあり方
第一二章 ラディカルなインターネット革命
第一三章 ニクソンが切り開いたケーブルテレビ
第一四章 AT&T崩壊
第一五章 機械のための共通言語

第四部 魂なき復活
第一六章 テッド・ターナー、テレビに進出
第一七章 大量生産される映画
第一八章 AT&Tの逆襲

第五部 すべてを敵に回すインターネット
第一九章 急転直下の惨劇 AOLとタイム・ワーナーの合併失敗
第二〇章 アップルとグーグル「離反」の意味
第二一章 分離の原則──独占を「任期制」にする

解説 「正しい独裁者」を生むための制度設計 坂村健

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