2026年2月5日

『生きるための表現手引き』 渡邉康太郎・著 vol.6899


http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4910063420

先日、大学時代のフランス語の先生が東京でワイン会をやるというので、初参加しました。

成功した飲食店経営者の方が貴重なワインを出してくれて、皆が盛り上がった頃、話題がその経営者の娘さんのアーティスト活動になりました。

彼女は有名美大を出て、現在フランスにいるのですが、ちょうどそのタイミングで東京で個展をすることになり、皆で行こうという話になったのです。

おそらく謙遜して言ったのでしょう、経営者が「まあ、全然食えてないんですけどね」と言った瞬間、フランス語の先生が、本気で怒り出しました。

「彼女には本当に才能がある。それを今食えていないからというだけで批判するのはおかしい」

ああ、フランス人はそう考えるのか、と新鮮な印象を受けました。

本日ご紹介する一冊『生きるための表現手引き』は、市井の人々にクリエイティブであることを促し、豊かに生きるヒント、創造性のヒントを与えてくれる一冊ですが、そこには上記のフランス人の先生と同様の思想がありました。

著者は、日本経済新聞社や和菓子のとらや、ISSEY MIYAKEなどと仕事をしている、Takramの渡邉康太郎さん。

渡邉さんは、本書のなかで、こんな指摘をしています。

<今の日本社会では、職業がそのままアイデンティティであるととらえる人が少なくありません。まるで収入源だけが、その人を定義する唯一の要素であるかのように。それがほんとうであれば、退職することがすなわち、アイデンティティの喪失を意味してしまう>

<資本主義経済が測るものは、あくまで現在の社会における価値軸、評価軸であることを忘れてはいけません>

また、東京芸術工科大学の学長を務める中山ダイスケ氏の言葉を引用しながら、こんなことを述べています。

<中山学長は、「アーティストであることと、それで稼ぐことは、本来まったく別のことだ」と語ります。農家でも、主婦/主夫でも、会社員でも、アーティストたりうるのだと>

本書には、誰もがアーティストたり得るための創造のヒントが書かれており、それがプロを触発するレベルにまで書き込まれています。

アマチュアを励ますための本かと思いきや、プロアマ問わず読むべき表現の手引きとなっているのです。

『今昔物語集』から芥川龍之介の『羅生門』が生まれた話、利休が茶席の花入れとして魚籠を用いた話、アプロプリエーションの一つと見られる「本歌取り」の話など、創造の歴史をひも解き、そこからわれわれが真似ることのできる表現のヒントを提示しています。

文章も知的で面白く、一度読み始めたら、もう止まりません。

今すぐ買えと言いたいところですが、気持ちをグッと抑えて、まずは本文の中から気になる部分を赤ペンチェックしてみましょう。

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一等星の輝きだけが特別なのではありません。五等星や六等星も含めた全体像に、わたしたちは初めて息を呑み、美しさを見出す。弱い光を視界に入れずして、わたしたちは世界の美しさを見ているとはいえないのではないでしょうか

表現においては、「とるにたらない」ものごとのほうが、かえって意味を持つ

人間は、普遍を認識することができるが、実存としてはただいちどの人生しか生きることができない(東浩紀)

教科書に載るような歴史的なできごとは社会の共通言語になりうるものですが、一方でわたしたち一人ひとりの、一見「とるにたらない」人生や表現は、この「ただいちどの人生」に共鳴します

意図的な発信を意識していなくとも、結果的に発して「しまっている」ことも含まれていい

「存在」はふつう動きを伴う行為としてはとらえられません。それでも、存在が大きな力を発揮して他者に影響をおよぼしうる

平安時代に成立したとされる作者不明の説話集『今昔物語集』が、大正時代に芥川龍之介の短編小説として生まれ変わり、またそれが昭和時代に黒澤明の映画としてあたらしい命を得た

わたしたちは珍しいものにばかり目を奪われてしまいます。(中略)でもあたりまえの世界の成り立ちに驚きの目を向け続けられるならば、それ以上に創造的なことはないはずです

利休は、茶席の花入れとして一般的な唐物や和物の籠を使うのではなく、あえて漁師が魚を入れる魚籠を用いたことがあります

パリで1905年に開催されたサロン・ドートンヌのある一室を観た批評家のルイ・ヴォークセルは、マティスらの作品を野獣(フォーヴ)だと揶揄しました。また別の時と場では、ブラックの絵画をおかしな立方体(キューブ)だと評しました。しかしこれらの作風は、フォーヴィスム、キュビスムとして後の美術史に大きな影響を与えることになります

ときになにかを集めること、コレクションもまた表現になりえます

文字に残るには、人間が意識した上で、さらに書かれなければならない(磯田道史)

日本の和歌に見られる「本歌取り」の考え方は、一定の規則を守りながらアプロプリエーションを行なうアートの作法とみなすことができます

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<本来、アイデンティティは職業(だけ)ではなく、もっと広い「生き方」であっていい>

<人は、批判を受けようとも続けることができる>

という著者の主張は、多くの人々を励まし、生き方に変化をもたらすと思います。

人類の創造の歴史をひも解き、読者に表現のヒントを示した、秀逸な一冊。

ぜひ読んでみてください。

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『生きるための表現手引き』
渡邉康太郎・著 NewsPicksパブリッシング

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◆目次◆

まえがき 六等星の弱い光
第一章 手放す
第二章 つくる
第三章 続ける
最終章
あとがき 六等星との向き合い方

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