2026年3月17日

『ほんとうのことを書く練習』 土門蘭・著 vol.6925

【書きたい人に。】
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昔、芥川賞作家の藤原智美さんにご講演いただいたことがあります。

その際、図々しくも「藤原さんが考える美しい文章」の見本をお願いしたのですが、そこで出てきたのが、『もう走れません─円谷幸吉の栄光と死』に収録された、円谷幸吉の遺書でした。

『もう走れません─円谷幸吉の栄光と死』
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円谷幸吉は、1964年の東京オリンピックで日本勢がなかなか勝てない中、マラソンで銅メダルを獲得した陸上選手で、後にプレッシャーから自死を遂げた悲劇の人です。

現在、この書籍は絶版となり、高額で取引されているようですが、土井はたまたま、陸上をやっていた兄からこの本をもらい、この文章を読んでいたのです。

「校長先生、済みません。高長課長、何もなし得ませんでした。宮下教官、御厄介をお掛け通しで済みません。企画室長、お約束守れず相済みません。メキシコ・オリンピックの成功を祈り上げます。一九六八・一」

謝罪の言葉が並び、その後家族へ向けたメッセージが綴られています。

「父上様、母上様、三日とろろ美味しゅうございました。干し柿、もちも美味しゅうございました。敏雄兄、姉上様、おすし美味しゅうございました。」
(中略)
父上様、母上様、幸吉はもうすっかり疲れ切って走れません。何卒お許しください。気が休まる事もなく、御苦労、御心配をお掛け致し、申し訳ありません。幸吉は父、母上様の側で暮らしとうございました」

何度読んでも涙が出るのですが、この文章が美しい理由について藤原さんに尋ねると、「本当に美味しかったんだと思うんです」という答えが返ってきました。

美味しかった気持ちも、苦しかった気持ちも、家族といたかった気持ちも、すべて本当のことが書かれている。

本当のことは人の心を揺さぶるんだと、その時、気づかされました。

前置きが長くなりましたが、本日ご紹介する一冊は、この「本当のこと」を書くための秘訣を、注目の文筆家がまとめた一冊。

著者は、小説、短歌、エッセイなどの文芸作品の創作と、インタビュー記事、ブックライティングなどを手掛け、『死ぬまで生きる日記』で、第1回「生きる本大賞」を受賞した土門蘭さんです。

良い表現のベースとなる「ほんとうのこと」「ほんとうの自分」に触れるためのヒントが書かれており、自己表現を生業とする方は、ぜひ読んでおくといいでしょう。

エッセイを書きたい方には、著者が「あ、マニュキュアを買おう」と思った時の話が参考になると思います。

さっそく、本文の中から気になる部分を、赤ペンチェックしていきましょう。

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「いい文章」「おもしろい文章」と言われるのは、往々にして「ほんとうのこと」が書かれている文章

つまり、世界に触れている自分自身を感じること。そこで得た言葉こそが「ほんとうのこと」だ

私が「好きだ」「もっと読みたい」と思うのは、いい匂いがする文章である。それはどんな匂いなのか。もちろん文章によって違うが、どれにも共通するのは「素の匂い」がすることだ

表現はいつだって、「ほんとうの自分」からスタートしないといけない

日記を書くことでやりたいのは、この水路の掃除だ。一日のなかで生まれた感情、思考、つまり「ほんとうのこと」を外に出して言葉にしてやる

「ほんとうのことを書く」とは、体と心を動かして感じること。それを、頭で言葉に変換していく過程なのだと言える

誰ともつながらないと思っているあなたの経験は、「ほんとうのことを書く」を通して、どこかの誰かとつながるのだ

文体は「文」の「体」と書くが、まさに「文」より「体」に夢中になっている感覚がある

「文」が「内容」だとしたら、「体」とは「リズム」

他者に触れれば自分以外の立場を想像できるようになるし、自分と向き合えば他者の評価に一喜一憂せずにすむ。つまりこの2つができていれば、不用意に人を傷つけないで済むし、自分が傷つけられるのをこわがりすぎないで済む

私たちは書くことで「ふたり」になり、読まれることで「ひとり」になる。そして他の「ひとり」と出会い、以前よりずっと豊かな「ひとり」に変わっていく

書きあぐねた末、私はあるひとつの仮説を立てた。それは「小説とは、架空の他者を主人公にしたエッセイなのではないか」ということだ

では私はどんなコピーなら書けるかというと、「あなたから出た『ほんとうのこと』」で書くコピーだ

五感で自然に触れることがなくなったから、「情報化」もなくなったという

今みなさんがやっているのは「情報処理」なんですよ。すでに情報になったものをどう扱うか、ということをしている(養老孟司氏)

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読んでみると、なぜ著者が小説、短歌、エッセイ、インタビューなど、オールジャンルで書けるのか、その秘密がわかります。

「小説とは、架空の他者を主人公にしたエッセイなのではないか」という見立ては、すごいと思いました。

ぜひ、読んでみてください。

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『ほんとうのことを書く練習』
土門蘭・著 ダイヤモンド社

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◆目次◆

はじめに 生きていくためには「書くこと」が必要ですから。
序章 私たちはなぜ「ほんとうのこと」が書けないのか
第1章 「ほんとうのこと」を読む
第2章 「誰にも読ませない文章」を書く
第3章 「ほんとうのこと」を書く練習
第4章 「ほんとうのこと」を書く手段
第5章 書いたものが誰かに読まれるということ
おわりに 死んでいる場合ではない。
参考資料

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