2024年5月14日

『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』三宅香帆・著 vol.6476

【労働史と読書史から現代の読書を考える】
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4087213129

本日ご紹介する一冊は、文芸評論家、三宅香帆さんによる話題の新書。

明治時代から2010年代までの労働史と読書史を振り返り、われわれ日本人の読書がどう変遷してきたか、どんな背景でどんな本がベストセラーになったかを考察する、興味深い内容です。

ちなみに目次はこうなっています。

第一章 労働を煽る自己啓発書の誕生 --明治時代
第二章 「教養」が隔てたサラリーマン階級と労働者階級 --大正時代
第三章 戦前サラリーマンはなぜ「円本」を買ったのか? --昭和戦前・戦中
第四章 「ビジネスマン」に読まれたベストセラー --1950~60年代
第五章 司馬遼太郎の文庫本を読むサラリーマン --1970年代
第六章 女たちのカルチャーセンターとミリオンセラー --1980年代
第七章 行動と経済の時代への転換点 --1990年代
第八章 仕事がアイデンティティになる社会 --2000年代
第九章 読書は人生の「ノイズ」なのか? --2010年代

日本初の(男性向け)自己啓発書『西国立志編』に始まり、日本における自己啓発書の歴史とそのメッセージ、社会への影響などを考察しており、興味深く読むことができました。

「教養」=エリートが身につけるもの
「修養」=ノン・エリートが身につけるもの

という、大正時代に生まれた図式の話、この時に生まれた「修養」の延長線上に、現在ビジネスパーソンが読む教養本があるという指摘は興味深く、激しく頷きながら読みました。

源氏鶏太氏のエンタメサラリーマン小説やカッパ・ブックスの隆盛、大ヒット雑誌「BIG tomorrow」の分析などを読むと、なぜ当時、長時間労働していたサラリーマンがこれらのコンテンツを消費したのか、よくわかると思います。

さすが文芸評論家が書いているだけに、『窓ぎわのトットちゃん』『ノルウェイの森』『サラダ記念日』の共通点や、「私」視点の物語がどんな時に売れるかという話は、読み応えがありました。

ミリオンセラーの考察などもあるので、著者や編集者は、読んでおくと企画のヒントになるかもしれません。

さっそく、気になるポイントを赤ペンチェックしてみましょう。

—————————-

あなたの「文化」は、「労働」に搾取されている

現代の労働は、労働以外の時間を犠牲にすることで成立している

明治時代になってはじめて、黙読という文化が生まれた。当時、活版印刷によって大量に書籍が印刷できるようになり、大量の書籍が市場に出回る。すると個人の趣向に合わせた読書が誕生した

労働者階級の立身出世物語。それが当時の世界的ベストセラーの内容だったのだ(明治時代)

大正期のベストセラーは、自己の改良よりも自己の苦しみに目を向ける

明治中後期、働いて学資を得る苦学や、通信教育による独学がブームになっていた

現代の私たちが持っている「教養を身につけることは自分を向上させる手段である」といううっすらとした感覚は、まさに「修養」から派生した「教養」の概念によるものだった

明治の「修養」主義は、大正時代、ふたつの思想に分岐していった。一方が戦後も続くエリート中心の教養主義へ。一方が戦後、企業の社員教育に継承されるような、労働者中心の修養主義へ

自分は労働者ではない、自分はちゃんとした家のちゃんとした主人なんだ、と誇示したい当時のサラリーマン層にとって円本全集は打ってつけのインテリアだった

源氏鶏太の小説は、雑誌に1回ずつの読み切りを連載する「読み切り連載」形式をとることが多いのも特徴だ。つまり、サラリーマンが雑誌で、前のあらすじを覚えてなくとも読める小説となっている

なぜ処世術やモテ術を語った「BIG tomorrow」は1980年代に人気を博したのか? 答えは簡単で、サラリーマンの間で「学歴よりも処世術のほうが大切である」という価値観が広まったからだ

自分と他人がうまくつながることができない、という密かなコンプレックスは、翻って「僕」「私」視点の物語を欲する

情報も自己啓発書も、階級を無効化する

自分から遠く離れた文脈に触れること
--それが読書なのである

—————————-

断捨離やこんまりに触れていながら、本文にも参考文献リストにも書名が出てこないのが不思議ですが、そこを除けば引っかからずにすらすら読める内容です。

大正時代のトレンドと現在の日本のトレンドが酷似している話、階級意識が読書に与える影響などは、読んでおくと面白いと思います。

言われてみると、大正末期に出された『痴人の愛』のあらすじ(田舎から出てきた真面目なサラリーマンが、カフェで働く美少女を引き取る)は、現在の人気漫画や「頂き女子」などのトレンドと似ていますね。

最後に提案している「半身社会」は、将来的な人手不足や日本の競争力低下、それに伴う地政学的リスクを考慮しておらず、日本人全体には当てはまらない内容だと思いますが、読み物としてはよくできていると思います。

ぜひ、読んでみてください。

———————————————–

『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』三宅香帆・著 集英社

<Amazon.co.jpで購入する>
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4087213129

<Kindleで購入する>
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B0CWYZ7PFB

———————————————–
◆目次◆

まえがき 本が読めなかったから、会社をやめました
序 章 労働と読書は両立しない?
第一章 労働を煽る自己啓発書の誕生 --明治時代
第二章 「教養」が隔てたサラリーマン階級と労働者階級 --大正時代
第三章 戦前サラリーマンはなぜ「円本」を買ったのか? --昭和戦前・戦中
第四章 「ビジネスマン」に読まれたベストセラー --1950~60年代
第五章 司馬遼太郎の文庫本を読むサラリーマン --1970年代
第六章 女たちのカルチャーセンターとミリオンセラー --1980年代
第七章 行動と経済の時代への転換点 --1990年代
第八章 仕事がアイデンティティになる社会 --2000年代
第九章 読書は人生の「ノイズ」なのか? --2010年代
最終章 「全身全霊」をやめませんか
あとがき 働きながら本を読むコツをお伝えします
注・参考文献一覧

この書評に関連度が高い書評

この書籍に関するTwitterでのコメント

同じカテゴリーで売れている書籍(Amazon.co.jp)

NEWS

RSS

お知らせはまだありません。

過去のアーカイブ

カレンダー