2014年10月28日

『棒を振る人生』佐渡裕・著 vol.3752

【感動。一流指揮者に学ぶ、仕事の極意、生きる極意】
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/456982059X

本日の一冊は、世界的に有名な指揮者である佐渡裕さんが、自らの半生を振り返りながら、プロフェッショナルの哲学を披露した一冊。

『棒を振る人生』とは、何ともユーモラスなタイトルですが、編集者いわく、「佐渡さんの親しみあふれる人柄と、音楽に対する純粋さを集約したタイトル」とのこと。

語られているのは音楽ですが、よくよく読むと、これは「天職とは何か」「人は何のために働くのか」を示唆した読み物と言えます。

著者の音楽に対する真摯さと、本質を抉りだす名言、さらに指揮者(=リーダー)としての哲学が、読ませてくれます。

<必要な音が得られるならば、指揮台の上で素っ裸になってもいい>
<我々音楽家の目的と幸せは、いい音楽をつくることだ>
<たとえ夢とは異なる仕事に就いていたとしても、子どものときの自分にとって、今の自分が誇らしく見えているかどうか>

バーンスタインが「ウエスト・サイド・ストーリー」のエンディング曲「Make Our Garden Grow」に込めたメッセージ(いちばん真っ白でシンプルな「ドミソ」だった)、著者が友人を亡くしたことへの後悔を語った部分などは、思わず感動のあまり涙が出てきました。

自分は何のために働いているのか?
リーダーの務めとは一体何なのか?
幸福な職業人生を歩むために一番大切なのは何か?

仕事で迷った時、ひとすじの希望を与えてくれる、そんな清々しい一冊でした。

この感動を買うのに、760円は安すぎる。

ぜひ買って読んでみてください。

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▼ 本日の赤ペンチェック ▼
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指揮者は彫刻家のようなものだ。ただし大理石ではなく時間を彫刻する

どこで音楽が緊張し、高まり、鎮まって次に移るエネルギーを蓄えるのか。これはどんな指揮者も学んで手にすることのできない、指揮というものが持つ神秘だ

一度の指揮で見つけられなくても、回を重ねるたびに新しい発見が得られることがある。大事な出会いを得たり、大切な人を失ったり、歳を重ねて経験を積み、心の引き出しが増えたとき、遠くにあった音楽が、ふっと猫のようにそばに寄ってきてくれることもある

エンディング曲「Make Our Garden Grow」は「私たちは純粋でもないし、賢くも良い人でもない。できることを一生懸命やるだけだ。家を建てて、薪を割って、庭を耕すことだ」と歌う。その最
後の和音は、なんとドミソだった。僕らが音楽の授業で最初に習う、いちばん真っ白でシンプルな音。それは「ウエスト・サイド・ストーリー」の幕切れと鮮やかな対照をなす

必要な音が得られるならば、指揮台の上で素っ裸になってもいい

我々音楽家の目的と幸せは、いい音楽をつくることだ

音の鳴らし方を言葉で求める場合、たとえば「悪魔のような音がほしい」「賛歌のように吹いてくれ」「もっとフレッシュな音にしてほしい」と言う。あるいは「そこのアクセントは、レモンを切って、
そのしぶきがパーッと、こちらにかかるくらいの強さがほしい」とイメージを伝える。そういう抽象的な表現をする場合、僕はそれに加えて「これくらい息のスピードを速くしてほしい」とか、「弓の
先の部分を使って」とか、できるだけ具体的な奏法まで指示するように心がけている

たとえ夢とは異なる仕事に就いていたとしても、子どものときの自分にとって、今の自分が誇らしく見えているかどうか、カッコよく映っているかどうか、それこそが本当は大切

優れた作曲家には音楽理論には決して収まりきらない「何か」がある。たとえばそれは、従来の音楽の法則をあえて侵し、それによって聴く者にサプライズを起こすことである

カラヤンは言った。
「子どもたちの前で演奏会をすることは非常に意味がある。それはいい音を届ける以前に、大人が子どもたちの前で一生懸命やっていることを見せることだ」

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『棒を振る人生』佐渡裕・著 PHP研究所
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/456982059X

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◆目次◆

第一章 楽譜という宇宙
第二章 指揮者の時間
第三章 オーケストラの輝き
第四章 「第九」の風景
第五章 音楽という贈り物
終 章 新たな挑戦

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