2012年12月17日

『フランス料理二大巨匠物語』宇田川悟・著 vol.3072

【これは名著だ。伝説の料理長、小野正吉の物語】
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4309019528

本日の一冊は、ホテルオークラと帝国ホテル、日本を代表するホテルの黄金時代を築いたフランス料理の巨匠、小野正吉と村上信夫の物語。

著者の宇田川悟氏は、フランスの社会、文化、食文化に詳しい作家で、本書の執筆にあたり、じつに精力的に取材をされています。

帝国ホテルの総料理長だった村上信夫氏は、メディアに華々しく出演されていたということもあり有名ですが、一方の小野正吉氏に関しては、あまり書籍が遺されておず、本書は貴重な文献となります。

14歳という若さで、いじめや体罰が当たり前の調理場に送り込まれ、戦争や経営の失敗など、数々の困難に直面した小野ムッシュ。

その厳格で非情、かつ勤勉な性格は、多くの敵を作りましたが、一方で、料理人たちから幅広く尊敬を集めました。

現代のビジネスマンは、勤め先の倒産や解雇、理不尽な人間関係に翻弄されるケースが増えていると思いますが、そんな困難に直面した時、ぜひ読んでいただきたいのがこの一冊です。

成功の鍵となる勤勉さや求道心、仕事上のイノベーション、さらには人の縁や運がキャリアにおいて大事なことを再認識させられる一冊ですが、何より学んで欲しいのは、本書全体から感じられる、仕事へのこだわり。

小野ムッシュ、村上ムッシュ両氏のこだわりとともに、書き手である宇田川氏のこだわりも感じられる、優れた一冊に仕上がっています。

優れた仕事を成す上で欠かせない教養と知的好奇心、かいた汗の量と忍耐力、本書には、そのいずれもが感じられます。

日本の戦前、戦後の社会を知る上で、またホテルやフランス料理の歴史を知る上でも、貴重な文献で、ひさびさに遺す価値のある本に出合うことができました。

ぜひ読んでみてください。

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▼ 本日の赤ペンチェック ▼
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昔から公式の料理として世界的に通用するのは、オードブルからデザートに至るディナー・スタイルという体系的な構造を持つ料理である。それはフランス料理と中国料理といわれ、当時の国際情勢を考慮するならば、フランス料理に白羽の矢を立てるのが自然の成り行きだっただろう

「(小野ムッシュは)十代のうちに、ある程度のことを身につけてしまえといつも言っていました。世間では大器晩成なんていうけど、四十歳を超えてから料理の極意が分かったなんていうのは嘘だから、と言ってましたよ」
(ホテルオークラ第三代総料理長、根岸規雄氏)

◆小野ムッシュの言葉
「結局、経験。二年経験するよりも十年経験したほうがいい。そこに伝統が出てくる」
「同じ時間で同じような勉強をしていては、ろくなシェフになれっこない」
「修業は最初に入る店が大切で、それによって方向はある程度決まると思います」

小野正吉はそんな理不尽な世界に立ち向かっていた。彼の一貫した論理は与えられた状況のなかで精一杯に戦うというものであり、それは十四歳という若年で調理場に送り込まれた小野が編み出したスピリットであり、処世術という方程式である。たとえ調理場で納得できない論理と道徳が支配していようが、それはすでに付加された世界なのだから受容しなければならない。その世界を肯定したうえで自分を救済する方法論を考える。戦争にしても同じことだ

調理場に目を転じると、たかが一介の米軍病院と侮っていた調理場に宝の山が隠されていたのである。一般人なら見過ごすような調理設備に小野は衝撃を受け、魅せられたのだ。東京の高級ホテルやレストランの調理場にも置かれていないような、近代的な調理器具に彼の目線は釘づけになったのである

喜七郎の企業活動のなかで着目したいのは、やはり公職追放で職を解かれた帝国ホテルへの屈折した思いだろう(中略)その感情はまがまがしい言葉を使うならば、帝国ホテルに対する、ある種の個人的な怨念と遺恨だったのではないかと想像できる。いずれにしても両ホテルは親子二代が産み落とした美しい双子である

高い金を払って食べに来る客に対して常にサプライズを仕掛け、何かひとつでもサムシングを感じさせるものを与えたいというのが小野の信念である。緻密で華麗な料理と鮮やかな色彩のマリアージュが食べ手に喜びを与えることを知っている。「料理の極意」に通じた男の本領が発揮されたのである

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『フランス料理二大巨匠物語』宇田川悟・著 河出書房新社
http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4309019528

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◆目次◆

序章 日本のフランス料理前夜
第2章 小野正吉 ホテルオークラ総料理長
第3章 村上信夫 帝国ホテル総料理長

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