2020年4月21日

『起業家の勇気』児玉博・著 vol.5500


http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4163910824

本日ご紹介する一冊は、大阪有線放送社を設立した父・元忠の次男に生まれ、インテリジェンス、USEN、UーNEXTの3社を上場、一時は「ヒルズ族の兄貴分」とも称された稀代のベンチャー起業家、宇野康秀氏の評伝です。

著者は、「堤清二 『最後の肉声』」で第47回大宅壮一ノンフィクション賞(雑誌部門)を受賞した、ノンフィクションライターの児玉博さんです。

有線放送全盛の時代に、一大企業を創り上げた宇野康秀氏の父、元忠氏の起業物語に始まり、父が息子に与えた影響、宇野氏がどう学び、どんな人物と交流して成長していったかがつぶさに描かれています。

江副浩正氏や孫正義氏、三木谷浩史氏、藤田晋氏、堀江貴文氏、村上世彰氏などとの華やかな交流も魅力ですが、なんと言っても読みどころは、宇野氏が味わった天国と地獄。

上場直前に父が危篤になり、まさかのバトンタッチ。父の「負の遺産」を継承しながら会社を正常化してく過程には、氏の信念と人柄が見て取れます。

「生き馬の目を抜く」起業の世界を垣間見たいなら、本書は間違いなく「買い」の一冊です。

さっそく、本書の中から気になったポイントを赤ペンチェックして行きましょう。

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「あんた社長なんやろ? 社長のあんたが休みの日もなんで、働かにゃあかんの? 社員に任せたらえんやん?」元忠は、あのぎょろっとした目を妻に向けて言うのだった。「何をアホなこと言うとるんや。ワシよりも働くもんがおったらそいつが社長や」宇野はいまもこの場面を鮮明に覚えているという

「自分な、長いこと安い給料でこき使ってな、申し訳なかったな。頑張ってやーー」一方的に話すと、元忠は電話を切ってしまった。「この時ですわ……」谷口はこの一拍の間を、まるで昨日のように振り返るのだった。「この時ですわ……、社長の懐に入ってしまったのは……、痺れましたわ、ホンマに」同年代の給料からすると破格の金額だった。よく働く者、成果を出した者、知恵を出し儲けた者に報いるのは当たり前のことだ、それが元忠の考え方だった

小笹は直接面接をする担当者に、明瞭で具体的な指示を出していた。それは、「お前自身よりも優秀な奴を採用しろ」だった

「とにかく頭のいい子を採ろうよ。地頭のいい子」宇野は採用にはこだわった

「宇野さん、社長を交代されてこれから正常化されるわけですね?」宇野はこっくりとうなずき、答える。「はい」宇野の返事を待って再び課長が口を開いた。「そうですか……、では百年後に来ていただけますか」

「別にマゾって訳じゃないんですが……、そういう苦難というか、苦しさというか、そうした所に身を置いた時に生まれる、研ぎすまされた感じっていうのが好きだっていうのは、ありますね」そう言って、はにかむような表情を見せた。沖に向かって泳ぐーー。岸を横目にしながら泳ぐことは容易い。いつでも岸に戻れるからだ。岸は泳ぐ者の安全弁であり、心の拠り所だ。だが、沖に向かって泳ぐのは難しい。拠り所となる岸がないからだ

「こんなもんでいいかな」項目を書き込むたびに、孫は宇野に確認を求めた。「宇野くん、こんな感じでいいですか?」宇野がうなずくと孫は勝手知ったるように、自らそのボードに「孫正義」とサインをし始めた。宇野がなんだろうかと訝しげに見つめていると、孫から声がかかる。「宇野くん、ここにサインして」宇野は孫に言われるがままに指定された場所にサインをした。孫はそれを見届けるや、ボードの横にあるスイッチを押し、ボードに書かれた文字がそのままコピーされた紙の文書となって、ジリジリ音を立てて吐き出されて来た。孫はそれをピッと切って宇野に手渡した。「これが契約書」

「宇野さん、もっと少人数で始めないと……」「宇野さん、また同じことになるよ」忠告の通りだろう。だが宇野は三百人を抱えて独立し、四年後の二〇一四年、東証マザーズに株式上場を果たした。宇野自身、三つ目の上場会社であった。二〇一七年、UーNEXTはUSENをTOB(株式公開買い付け)し、経営を統合する。一度は代表を辞任し、銀行管理状態にあった父が創業した会社を完全に取り戻した

宇野に憧れ、今も宇野を尊敬してやまないサイバーエージェントの藤田にこんな質問をしたことがある。「宇野さんはベンチャー起業家なのか、それとも二代目社長なのか?」藤田は当然とばかりに、「そりゃ、ベンチャー起業家ですよ、宇野さんは」と即答し、その図抜けている部分として、生半可でない粘り強さ、持続的な構想力、冷めない情熱などをあげた

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著者がビジネス畑の方ではないので、正直、経営的な観点での学びは少ないのですが、ノンフィクションとしてはじつによくできています。

起業前夜の高揚感、優れたライバル、同志たちとの交流、時流に乗った急成長、運命に翻弄される起業家の波乱万丈な人生が、わずか250ページに凝縮されています。

「始める勇気」「引き受ける勇気」など、起業家にはさまざまな種類の勇気が必要ですが、著者はさまざまな起業家の群像を描きながら、その軸にある「勇気」の本質に迫っています。

ひさびさにワクワクする起業本に出合いました。

ぜひ読んでみてください。

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『起業家の勇気』児玉博・著 文藝春秋

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◆目次◆

第1章 「考え方」でやらない
第2章 「仕事」でやらない
第3章 「人間関係」でやらない
第4章 「習慣」でやらない
第5章 「自己啓発」でやらない
第6章 「人生」でやらない

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